チェンマイで悠々として急げ!

カレン族の村から迷い出たクンター(爺様)のよれよれ、とぼとぼ「再生記」

カテゴリ: 66歳からの再出発

タンブン

 早朝5時、友人がドアの外から声をかけて来たのでびっくりした。

 今朝も3時半に目が覚めていたので何も問題はないのだが、ローイクラトンをはさんだこの4日間、彼は早朝から深夜まで仕事に追われていたから、きっと疲れ果ててまだ眠っていると思い込んでいたのである。

 訊けば、今日は予約の最終日で、昼前にこのグループを空港まで送れば、とりあえずはお役御免なのだという。

 彼は、つい最近朝のウオーキングを始めたばかりなのだが、この4日間、歩きたくて歩きたくて仕方がなかったのだそうな。

     *

 今朝の気温は、26℃。

 空を薄い黒雲が多い、肌寒いくらいに冷涼な空気が心地よい。

 この時間、車の往来も少なく、のびのびと歩く事ができる。

 早朝から開店準備などに追われている顔見知りと声を掛け合いながら、しゃべりつつ進む。

     *

 気分がいいので、ついつい歩調が早くなり、距離がぐんぐん伸びて行く。

 振り返ると、友人が遅れている。

 おいおい、若いの。

 もう息が切れてきたのかい?

 だらしがねえなあ。

 その点、この爺様は高血圧や不眠症を抱えながらも、やけに元気なのである。

     *

 約1時間後。

 東の空から次第に明るんできた。

 閑静な住宅街に入ると、托鉢に回ってきた若い僧侶の前にひざまづいて、食料のタンブン(喜捨)をしている老若男女の姿が目に入った。

 遠目に見ても、その姿にはなにやら神々しいものが感じられた。

     *

 仏陀への参拝はともかく、素性もよく知らぬ僧侶に対して履物を脱いでひざまずくという行為は、日本人の私にとっては大いに抵抗がある。

 これは、一種の差別ではあるまいか。

 だが、タイの上座部仏教では、出家をして227もの厳しい戒律を守りながら修行を重ねた僧侶が在家者を悟りへと導き、在家者がそれをタンブンで支えるという考えが基になっている。
タンブン2

 従って高齢の在家者たちも、たとえそれが修行の浅い若い僧であろうと、夏休み体験出家の小坊主さんであろうと、おごそかにひざまづいて深々と両手を合わせ、にわか勉強の読経でも敬虔に受け止めるのである。
タンブン3

 不信心で不勉強な私には、タイの人々の深い信仰心の根源にまでは想いが至らない。

 しかし、何かをひたすらに信じて、それを毎朝のように倦むことなく実践する姿には、やはり人の心を動かすものがある。

 友と一緒のハッピーなウオーキングの途上に見かけたこの美しい光景は、私の心をさらにハッピーなものにしてくれた。

 おかげさまで。

 ありがとう。

 私はふと、誰にともなく、そう呟いていた。

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★クンター、今日のお薦めです。

th_お灯り

 明け方の3時、4時になってもまだ、時おり花火の爆音が響いてくる。

 夜通し飲み明かしたのか、それとも早起きしてローイクラトンの掉尾を飾ろうとでもいうのか。

 昨夜の市街地は、華やかな山車のパレードやピン川での灯籠流し、そしてコムローイ上げ、連発花火などで、さぞや賑わったことだろう。

 友人のウイワットも4台のワゴン車を率いて、30人にも及ぶ中国人旅行者の案内に奔走していたはずだ。

     *

 だが、私の隠れ家の周辺の田舎町では、人々が静かにこの祭りを祝っている。

 家々の門口や祠に線香やローソクを灯し、中には日本のお盆の迎え火のように七輪で薪を燃やしている人もある。

 最近のローイクラトンは、幻想的なコムローイ上げだけが妙に脚光を浴びているようだが。

 本来の意味合いは「灯籠流し」であり、水の神コンカーに祈りを捧げ、日頃の罪を謝罪する祭りだと言われている。

 けれど、この田舎町の人々の静かな振る舞いをみていると、そこには日本のお盆や精霊流しに通底する宗教観のようなものを感じずにはいられない。

     *

 日が暮れると、隠れ家の大家さんがアパートの入り口にある祠に線香とローソクを灯して合掌した。
th_祠


 そして、私の部屋の前にも小さな素焼きに流し込んで固めた愛らしいローソクを灯してくれた(冒頭写真)。

 ちょうど、軒灯が故障していたから、その小さな灯りは薄闇の中にふうわりと浮かび上がって、不意に私の胸を激しく衝いた。

 瞬時に、妻を亡くして以降の10数年間に及ぶ深い喪失感と狂躁と再生へのあがきが、走馬灯のようによみがえった。

     *
 
 つい、一昨日のこと。

 私のブログや著書を長年にわたって愛読し、事あるごとに励ましのコメントを寄せ、ついには毎年のようにご主人や友人と共に宿を訪ねてくれるようになった、ある女性読者の逝去を知らされたばかりだった。

 私は、大家さんの心づくしのこの愛らしいお灯明に手を合わせ、その読者、いや心の友に「せめて、安らかなれ」と祈りを捧げた。

     *

 そう言えば、バンコクからはるばるとオムコイまで車を飛ばして大量の本を届けに来てくださったOさんも、すでに亡い。

 村の中で、真に心を開いて私に接してくれた心優しき4人のカレン族の友も、若くして自ら命を絶ったり、病死したりした。

 なぜか、良い人ばかりが駆け足で通り過ぎて行く。

 「生き直し」を賭けた拠点を失い、またもやひとり遺された私は、これから一体、どうすればいいのだろう。

     *

 だが、妻が逝ったあとで、私は肝に銘じたはずだ。

 「遺された者こそ喰らえ!」と。

 浅ましくてもいい、見苦しくてもいい。

 ともかく喰らえ、そして先に逝ったものの分まで生きよ、生き続けよと。

     *

 考えてみれば、いまの私は、この小さな素焼きのお灯明のようなものなのかもしれない。

 燃え尽きてしまうまでの時間は、さほど残されていない。

 だから、か細くてもいい、頼りなくともいい。

 ただ己にできる範囲で、いまのこの瞬間、瞬間を風に吹き消されぬよう、懸命に命の灯を燃やし続けるしかないのである。

 君よ、たとえ心の内に暴風雨が吹き荒れようとも、ギリギリの孤絶の淵にひそやかに身を沈め、凛として燃えよ!

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★クンター、本日のお薦めです。
新版 愛、深き淵より。
星野 富弘
立風書房
2000-04-01

店先点灯

 昨日は、長年お世話になってきた年下の恩人と久しぶりに再会することができた。

 彼が初めて私に会いに来てくれたのは、まだ麺屋をやっていた時期。

 確か、金欠のために母屋の建設が中断していた頃だったから、実に6〜7年ぶりということになる。

 そういえば、村の暮らしを描いた著書「『遺された者こそ喰らえ』とトォン師は言った』(晶文社)を上梓した直後のことでもあったなあ。

     *

 とは言っても、メールや電話を通じてある共同作業にはずっと携わってきたから、「旧交」という感じはまったくしない。

 軽い挨拶と共に、いきなりの本音トークと爆笑の渦が巻き起こった。

 実際に顔を合わせるのは、わずか2回目にしか過ぎないというのに、この人の前では、どうしてこんなに素直に話しができるのだろう。

 まるで、学生時代の友人とでもしゃべっているような感覚なのだ。

 私は今回の離村に至った経緯を、恥も外聞もなく、呆れるほどに赤裸々に、一切を包み隠すことなく彼に語り尽くした。

 彼もまた、相当に赤裸々に語ってくれた、ように思う。

 それが、どうにも不思議でならなかった。
     
     *

 だが、やはり「お互い、年を取りましたなあ」という実感は拭えない。

 とりわけ、私は彼よりも4歳ほど年長なのだから、その印象は彼の受けたものの方がより深く、強いものだったに違いない。

 それでも、お互いの悲惨(?)なタイ体験やタイ女性からこうむった甚大な被害、ある共通の人物に振り回されたとんでもない体験などなどを爆笑を交えながら語り合っていると、心がみるみる若返ってくる。

 そこに向かい合っているのは、紛れもない二人の「(心は)青年」なのであった。

 私たちは朝の9時過ぎに某所で落ち合い、昼食をはさんで、なんと3時近くまで倦むことなく語り続けた。

 もしも彼に時間があれば、お互いに高血圧を抱えながらも、間違いなく酒を混じえての「夜の部」へと突入したに違いない。

     *

 夕刻に隠れ家に戻ると、近所の家々の軒先にローイクラトン(灯籠流し・イーペン祭)を祝う提灯が飾られている。
ランタン1

ランタン2

 日が暮れると、家々のまわりや玄関口などに直径5センチ足らずの薄い円形の素焼きに流し込んで固めたローソクに灯が灯された。
階段点灯

 日本と同様の線香花火を灯している人もいる。

 花火の音が轟き出した。

 その音に誘われて外に出ると、道沿いの商店の店先にもずらりとローソクが灯り、昼間は殺風景な通りが幻想的な祭りの舞台へと姿を変えていた(冒頭写真)。

     *

 夜空を仰げば、びっくりするほどに巨大な満月。
満月

 ローイクラトンは、陰暦12月の満月の夜に行われる祭りなのである。

 川方面の上空には、たくさんのコムローイ(熱気球式紙風船)が優雅な灯りをうかべながら、ゆらゆらと揺れ昇ってゆく。

 時折り空にあがる控えめな花火の音と、光の色彩の炸裂。

 ターペー門などの観光名所で行われる派手な演出ではなく、こうした郊外の田舎町で静かに営まれている昔ながらの祭りの形に触れることのできた貴重な夜であった。

    *

 部屋に戻ると、ひとりビールの栓を抜いた。

 親友のウイワットは、今夜は仕事で街に出ている。

 グラスを掲げた相手は、空漠とした私の心に、そして人生の再出発という新たなる「祭り」に温かな灯をともしてくれたこの親友と、再会した大恩人Xさんの二人であることは言うまでもないだろう。

 2回目の乾杯は、日本からいつも温かく見守っていてくださる二人の大恩人、そして年老いた心優しき我が姉に捧げた。

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★クンター、本日のお薦めです。

RIMG6672

 睡眠剤をウイスキーで強引に流し込むと強烈な眠気に誘われて、午後9時半にベッドに倒れ込んだ。

 なにせ、昨晩は一睡もできなかったのだ。

 村を離れてから、常に眠りは短かったのだけれど、次第に不眠症の度合いは強まっている。

 このままでいくと、鬱になりかねない。

 祈るような気持ちで、まぶたを閉じた。

     *

 寝汗をかいて目をさますと、まだ午前2時過ぎ。

 5時間足らずは眠ったらしいが、2日間で5時間ではやはり足りない。

 朦朧としながらトイレに立ち、水を飲んで再びふとんに潜り込んだ。

 すると、「クルルル〜」という独特の鳴き声が耳に入った。

「あ、トッケーだ!」

 ここに移って来てから、もう何度か耳にはしていたのだけれど、まだ私の願いは叶えられていない。

    *

 その願いとは、「トッケー・ラッキー7」の成就達成である。

 ベトナムには、トッケーが7回鳴けば幸福が訪れる、という言い伝えがある。

 タイにはその言い伝えはないらしいが、かつてチェンマイの安宿に長逗留している間、トッケーが鳴くたびに「もっと鳴け、頑張って7回鳴いてくれ!」と念じたものだ。

 しかし、6回まで行くことはあっても、ついに7回にまで至ることはなく、「クルルル〜」という情けない声で終わる事がしばしばだった。

 だから、私は幸運に恵まれることなく、今回のようなどん詰まり状態での再出発を余儀なくされることになったのだろう。

 ・・・んなあこたあ、ないか。

    *

「トッケー!トッケー!トッケー!」
 
 部屋の内外のどこかに潜むトッケーが、あの独特の甲高くも力強い声で鳴き始めた。

 彼らが人に姿を見せることは、滅多にない。

 1回、2回、3回、4回・・・。

 「ほれ、頑張れよ、あと3回だ!」

 声に出して祈りを込めると、なんと、トッケーはついに7回目の鳴き声を発した。

「やったあ!」

 だが、その勢いは止まらない。

 さらに、8回、9回、10回、11回。

 そこで力つきたのか、最後に「クウ」というような情けない声を出して、トッケーはぱたりと鳴きやんだ。

     *

 息継ぎでもしたのか、7回目の声もちょっとばかり情けないものではあった。

 しかし、7回は7回である。

 ベッドから跳ね起きて、ガッツポーズをしながらこの稀有な「ラッキー7」を祝福した。

 腹の底から笑いが込み上げてくる。

「アハハハ、アハハ」

 私は、久しぶりに大きな笑い声をあげた。
RIMG6671

 しかし、冷静になってから気になり出したのは、おまけの4回である。
 
 厳密にいえば「7回」ではなく「11回」なのだから、ラッキーセブンには該当しないのではないか。

 勝手にラッキーセブンなんぞと解釈したら、バチが当るのではないか。

 ええい、ここはタイランドだ。

 マイペンラ〜イ!(気にしない、気にしない)

 ベトナムの人々はどう判定するか分からないが、この場合、7回を4回も凌駕した「超ラッキーセブン」ということで、自らに認定証を授与することに決めた。

      *

「おめでとう、クンター!」

 鳴りを潜めたトッケーが、共に喜んでくれているような気がした。
 
 満願成就の記念品は、トッケー自身が念写してこの記事にはめ込んでくれた自らの勇姿であった。

「ありがとう、ラッキー・トッケーくん!」

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★クンター、本日のお薦めです。
極夜行
角幡 唯介
文藝春秋
2018-02-09

大物1

 山奥の村を離れて、某所に緊急避難(?)した直後のことだが。

 どうにも堪え難い事態が続いて積み重なった疲れと、先行きの見えない不安、そして不眠に打ちのめされた爺様の様子を見かねたのか。

 心優しい友が、仕事の合間を縫ってドライブに連れ出してくれた。

 着いたところは、郊外にある小さな釣り池である。

池の青空


「クンター、忙しいぞお。なにせ、ここの魚は10秒もしないうちに食いついてくるんだから」

 まあ、タイ人の言う事は話半分。

 とりわけ、釣り師の話は眉に唾をつけて聞かねばならない。

 鈎につける餌は、チョコレートパンの切れ端。

 そのまわりを水で湿した大量のパン粉で包み込み、ぎゅっぎゅっと強く握り込む。

ウイワット釣り


 一投目は、池の向こう端を狙って思い切り投げた。

 浮子が立つのを確認して、竿を地面においた。

 どれ、煙草でも吸うか。

 そう思って背を向けたところで、リールが「ギギッ」と鳴った。

 その間、約10秒足らず。

      *

 あわてて竿を取り上げ、ぐいとあおる。

 竿先が、強い力で引き込まれた。

 大物だあ!

 張り合ったり、ゆるめたり、なだめたり、すかしたり。

 取り込むまでのやりとりが、大変だった。

大物2


 魚の名前は忘れてしまったが、ナマズのような面つきである。

 その後も入れ食い状態は続き、大中小の魚が次々にあがってくる。

 だが、友に言わせればずべて「小物」で、「大物」になると10キロに近いのだという。

 本日の釣果は、推定5キロのミドルサイズを筆頭に総計8尾なり。

     *

 ここには、裏切りも、罵声も、暴力もない。

 ただ静謐で、平和な時間が流れているだけだ。

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