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「狂恋 in 立山」と題したAmazonの読者レビューには、大いに励まされた。
 
 書いたのは安曇野在住のノンフィクション・シンガーソングライター、義田バサラ氏だ。

 正直に言えば、5月に出版した電子書籍『狂恋 in ニューヨーク』は自信作とは言えなかった。

 最後の最後まで、フィクションにするか、ノンフィクションで行くか、迷いがあったからである。

 そして、結局は「自分の書きたいように書く」というこだわりに従って、10数年前のニューヨーク体験にケリをつけることにしたのだ。

 そのヤケクソとも言える決断によって、『「遺された者こそ喰らえ」とトォン師は言ったータイ山岳民族カレンの村で』『狂龍(クワンロン)』『狂恋 in ニューヨーク』の“海外迷走3部作”はついに完結を見た。

 このわがままな作品提示を、バサラ氏は丸ごと受け止めてくれた。

 瑕瑾と思える箇所ですら、独自の感性で見事に掬い上げ、かつ救い上げてくれた。

 芝居や音楽なら、その場で見る人、聴く人の反応を知る事ができる。

 しかし、書くという行為は実に孤独な作業である。

 だからして、たった一人でも書き手の理解に努めてくれる読者がいるという事実は、限りない勇気を書き手に与えてくれるものである。

 極論すれば、「これで、いつ死んでもいい」と思わせてくれるのだ。

 そして、その思いは、また再び孤独な作業に没頭するだけの力へと変わってゆく。

 つまり、この読者がいる限り私は書き続けなければならないのである。

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「狂恋 in 立山」by義田バサラ

標高2450m。立山の主峰雄山の中腹に日本で一番星に近い駅「室堂」がある。
男はその場所で現在と過去の区別もつかないまま、彼女という未来の扉を開く鍵を探し続けている。

男は58、彼女は22。そして、それはまさしく「狂恋」・・・。

「共生と再生」という旗印をかかげ、作家は時に雄々しく、時に女々しくジュディという宝石を探し求める。漸く手に入れた安寧の時は、まるで驚いた猫のように一瞬で姿を消してしまう。それでも、作家は傷だらけの4回戦ボーイのように運命の糸をたぐり寄せようとする。

しかし、作家の戦いはあっけなく終わる。そこには有り体の恋愛小説に不可欠な圧倒的なトラジティも心踊るハッピーエンドも存在しない。ニューヨークのホテルの一室のベッドの上に引かれた作家とジュディとの境界線。作家はそれこそが二人の魂の境界線だったと気づいたのではあるまいか。3度目のニューヨーク行きを実行する気さえ失せる程に。

そして、ノンフィクション・ノベリストとしての作家の真骨頂もここら辺りにあるような気がするのは私だけだろうか。フィクションに慣れた私はどうしても絵に書いたような結末を求めてしまう。作家はいつもそいつを裏切って見せる。

ノンフィクションに結末などありはしない。
強いていえば、今、今日この時を生きることこそが結末なんだと。

★クンター、本日のお薦め!