蓮の花

 過去ブログ「タイ山岳民族の村で暮らす」のアクセス解析を見て、驚いた。

 新ブログ開設のお知らせを書いてから、すでに20日近くが経っているというのに、いまだに連日読んでくれている人がいるからだ。

 しかも、訪問者数はこの新ブログとほとんど変わらない。

 閲覧数ともなれば、新ブログをはるかに上回る。

 まあ、旧ブログは10数年間も書いてきたのだから、それが当たり前なのかも知れないのだが、つくづく有り難いと思うと同時に、複雑な想いにもとらわれてしまう。

     *

 私が村を離れた経緯を知るためだろうか、一番読まれているのは、新ブログ開設前の近々の記事である。

 ところが、中には旧ブログ開設直後の亡きカミさんに関する記事や、狂躁状態での旅の様子を綴った記事、あるいは8年ほど前に今回と同様の理由で4ヶ月にも及ぶ長期家出を敢行したときの記事などを読んでいる人もいて、思わず顔を赤らめたり、身をすくめてしたりしてしまう。

 一時は、旧ブログの完全削除も考えてみたのだが、こうして今なお読んでくださる読者がいる限り、自らの後半生の記録としても、このまま残しておこうかという気持ちに傾いてきつつある昨今だ。

     *

 読者の閲覧記録に誘われて、昔の記事に目を通していると、深い溜め息と共にさまざまな想いにとらわれる。

 思えば、遠くへ来たもんだ。

 そして、よくここまで生き延びて来たもんだ。

 そして、それを支えてくれた大きな要因のひとつが、ブログを書くという行為であり、それを読んでくださった数多くの読者の有形、無形の励ましであったことは言うまでもない。

      *

 旧ブログの開設は、カミさんが逝ってから3ヶ月ほど経った2005年1月初旬だった。 

 およそ1年半に及ぶ闘病と介護の中で、極度な不眠と深い鬱に襲われた私が、今度はその反動としての異様な躁に転じようとしていた頃である。

 開設後2日目に、こんな記事を書いた。

 ここに転載して当時の自分を振り返ってみるのも、新生活を模索していく上で、決して悪い事ではあるまい。

      *
 
【哀しみは、こんな瞬間にやってくる】2005年1月9日

 残された宿題があまりにも多すぎて、落ち込んでいる暇なんかない。

 2月初旬の中国取材に備え、久々にパスポートを確認した。

 何気なく最終ページを開くと“事故の場合の連絡先”という項目があり、そこにカミさんの名前と古い自宅の電話番号が書かれていた。

 もちろん、若い頃からいつもカミさんにからかわれてきた僕の汚い字で・・・。

 しばらく考えたあと、思い切ってカミさんの名前と古い電話番号に横線を引いた。

 訂正印を押し、余白に九州で暮らす姉の名前と連絡先を書き込んだ。

 ただ、それだけのことなのだが・・・。

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