th_お灯り

 明け方の3時、4時になってもまだ、時おり花火の爆音が響いてくる。

 夜通し飲み明かしたのか、それとも早起きしてローイクラトンの掉尾を飾ろうとでもいうのか。

 昨夜の市街地は、華やかな山車のパレードやピン川での灯籠流し、そしてコムローイ上げ、連発花火などで、さぞや賑わったことだろう。

 友人のウイワットも4台のワゴン車を率いて、30人にも及ぶ中国人旅行者の案内に奔走していたはずだ。

     *

 だが、私の隠れ家の周辺の田舎町では、人々が静かにこの祭りを祝っている。

 家々の門口や祠に線香やローソクを灯し、中には日本のお盆の迎え火のように七輪で薪を燃やしている人もある。

 最近のローイクラトンは、幻想的なコムローイ上げだけが妙に脚光を浴びているようだが。

 本来の意味合いは「灯籠流し」であり、水の神コンカーに祈りを捧げ、日頃の罪を謝罪する祭りだと言われている。

 けれど、この田舎町の人々の静かな振る舞いをみていると、そこには日本のお盆や精霊流しに通底する宗教観のようなものを感じずにはいられない。

     *

 日が暮れると、隠れ家の大家さんがアパートの入り口にある祠に線香とローソクを灯して合掌した。
th_祠


 そして、私の部屋の前にも小さな素焼きに流し込んで固めた愛らしいローソクを灯してくれた(冒頭写真)。

 ちょうど、軒灯が故障していたから、その小さな灯りは薄闇の中にふうわりと浮かび上がって、不意に私の胸を激しく衝いた。

 瞬時に、妻を亡くして以降の10数年間に及ぶ深い喪失感と狂躁と再生へのあがきが、走馬灯のようによみがえった。

     *
 
 つい、一昨日のこと。

 私のブログや著書を長年にわたって愛読し、事あるごとに励ましのコメントを寄せ、ついには毎年のようにご主人や友人と共に宿を訪ねてくれるようになった、ある女性読者の逝去を知らされたばかりだった。

 私は、大家さんの心づくしのこの愛らしいお灯明に手を合わせ、その読者、いや心の友に「せめて、安らかなれ」と祈りを捧げた。

     *

 そう言えば、バンコクからはるばるとオムコイまで車を飛ばして大量の本を届けに来てくださったOさんも、すでに亡い。

 村の中で、真に心を開いて私に接してくれた心優しき4人のカレン族の友も、若くして自ら命を絶ったり、病死したりした。

 なぜか、良い人ばかりが駆け足で通り過ぎて行く。

 「生き直し」を賭けた拠点を失い、またもやひとり遺された私は、これから一体、どうすればいいのだろう。

     *

 だが、妻が逝ったあとで、私は肝に銘じたはずだ。

 「遺された者こそ喰らえ!」と。

 浅ましくてもいい、見苦しくてもいい。

 ともかく喰らえ、そして先に逝ったものの分まで生きよ、生き続けよと。

     *

 考えてみれば、いまの私は、この小さな素焼きのお灯明のようなものなのかもしれない。

 燃え尽きてしまうまでの時間は、さほど残されていない。

 だから、か細くてもいい、頼りなくともいい。

 ただ己にできる範囲で、いまのこの瞬間、瞬間を風に吹き消されぬよう、懸命に命の灯を燃やし続けるしかないのである。

 君よ、たとえ心の内に暴風雨が吹き荒れようとも、ギリギリの孤絶の淵にひそやかに身を沈め、凛として燃えよ!

*もしも、運転手付きワゴン車&乗用車が必要になったら。
【連絡先】 SV GLOW Co., Ltd.
*日本語専用電話 09-3291-0786 (広報支援ボランティア直通)     
*日本語専用e-mail : bestdrive-chiangmai@yahoo.co.jp
*URL : https://www.facebook.com/kunta2627/?modal=admin_todo_tour

★あなたのワンクリックが爺様を救う!?
 今日も応援クリックをよろしく!

アジア(海外生活・情報)ランキング

★クンター、本日のお薦めです。
新版 愛、深き淵より。
星野 富弘
立風書房
2000-04-01